5kappafamily’s blog

知人と一緒に童話を作成しています。これから挿絵を入れて絵本にしたいと思います。

サイドストーリー:第11作:幼い頃の記憶

グヮゴン ギュゴン グワワン グワン

耳慣れた音がなんとも心地よく、安心するとともに、

またウトウトと眠ってしまいそうな感覚におちいってしまう。

グヮゴン ギュゴン グワワン グワン

静音が売りであったにもかかわらず、

とうとう寿命がきたのだろうか?

昨日の夜中にタイマーをかけておいた洗濯機の音であった。

 

 

久しぶりに聞くこの音に、

私はベッドの中である事を想い出していた。

赤ン坊の時の私は、母親が家事をする時は

いつも縁側で天日干している布団に寝かされていたそうだ。

暖かな日は、日向ぼっこをしながら

ふかふかの布団にゴロリと寝かされる。

受ける日差しの心地よさと

洗濯機のリズミカルな音の奏でる安らぎとが重なり、

スヤスヤと眠ったそうだ。

1歳にもなっていないその情景を、私はハッキリ覚えている。

何故なら、その証拠に

その時の写真がアルバムに貼ってあったからである。

 

3

 

森や林ばかりの景色の中に、ドーンと走る国道。

その脇にある林を、一部くり抜いたように町営住宅があった。

車がやっとすれ違える程度の細い入り口を入ると、

5戸つなぎの長屋が縦横に300戸ほど並んでいる。

西南のいちばん奥の角にある39号室は、

私が中校生まで住んでいた住宅である。

 

 

グヮゴン ギュゴン グワワン グワン

今想えば、立って歩く事も出来ない赤ん坊の頃から

子守唄のように聞いていたその音の記憶は、

母が他界した幼稚園を境に途切れていた。

父は、仕事と私の面倒を見るかたわら、

洗濯はもっぱら会社から帰って、夜にするようになっていたのだ。

ちょうど白黒からカラーになったばかりのテレビを、

見たい年頃の私にとって、

洗濯機のその音は耳障りな音としかとらわれなくなっていた。

 

 

グヮゴン ギュゴン グワワン グワン

小学3年生になった私は、

毎年決まってこの時期にいつも風邪をひいていた。

その日も私は学校を休み、

父が仕事へ出かけてからも布団の中でウトウトとしていた。

すると、裏の勝手口の外から洗濯機の音が聞こえてきた。

陽の光の中で聞くその音は、赤ん坊の頃の心地良さを思い出させた。

何とも言えぬ安心感と、風邪の熱もあったせいか、

同級生が学校帰りに給食のパンと授業のノートを持ってきてくれるまで、

また寝てしまったらしい。

次の日、熱は下がったがもう1日大事をとって学校を休む事にした。

 

 

グヮゴン ギュゴン グワワン グワン

その日も、父が仕事に出かけて少したった頃、

外の洗濯機から音が聞こえてきた。

もしかしたら、お母さんが洗濯をしているのではないだろうか

という思いが頭をかすめたが、小学校3年生ともなると

それはありえない事だと、すぐに思い直した。

そっと台所の窓ガラスからのぞいてみたが、人影はない。

でも、確かにうちの洗濯機が回っている。

今度は、勝手口から扉を開けてのぞいてみた。

 

 

 

グヮゴン ギュゴン グワワン グワン

そこには黒っぽいリュックサックを背負った

私よりちょっと背の低い子供が立っていた。

「なにしてるの?」

急に声をかけたので、その子はビックリしたらしく、

洗濯機に頭をゴツンとぶつけた。

「ご、ごめんなさい。 勝手に洗濯機を借りてました。」

と下を向きながら振り返った。

 

その子は、ふっくらとした顔立ちの、まるい黒目が大きく、

ほっぺたはぷっくりとした桃まんじゅうのようだ。

おどろいた事になんと口には、

鳥のような黄色く、小さなくちばしがついてる。

下着のようなシャツにひざがすりむけている長すぎるズボンは、

サイズが合わないおさがりを着せられているようで、

ベルトはしているのか、ズボンが腰のあたりからずり落ち、

靴もはかずにはだしであった。

 

名前は「しずく」と教えてくれた。

 

 

脱水が終わると洗濯物をかごに入れた。

畑仕事でおばあちゃんが背負っていた竹で編んだ

「しょいこ」と同じものだった。

よく見ると背中にはリュックサックではなく、

亀のこうらのようなものがついていたので、

しずくはかっぱなのかもしれない。

頭の上の毛が、薄くなっているのはたぶんお皿だろう。

 

さほどビックリしていない私に、「ありがとうございました」と、

ていねいにおじぎをしながら、お礼といってどんぐりの実を3つくれた。

どう見ても、普通のどんぐりであり、

変わったところなど全くなかった。

顔を上げると、自分の体くらいある洗濯かごを背負って、

さっさと林へと向かっていった。

どうにも気になり、着ている寝巻きのポケットにもらった

どんぐりを入れ、そっと後をついていく事にした。

 

 

しずくは、かごを背負ったまま器用にどんどん歩いていった。

その奥は、木々の間に自分の背丈ほどの笹が密集しており、

地面から木にからまるツタがなんとも歩きにくかったが、

見失わないようについて行く事にした。

笹がなくなり、歩きやすくなったと思ったら急にあたりは暗くなった。

今までより高く、太い木々が深緑の葉を

いっぱい貯えて陽をさえぎっていたのだ。

地面には落ち葉のじゅうたんがひかれ、ふわっとして歩きやすかった。

林から森へと移り、登ったと思ったら下ったり、

まわりの風景が時の流れのように一瞬で過ぎていくような気がした。

 

10

 

どのくらい歩いただろうか。

途中、お地蔵さまやお稲荷さまの小さな鳥居があり、

そのどこにもお花やお団子が供えられていた。

遠くにモクモクと煙があがり、

近くに民家でもあるのだろうと思いながら歩いて行くと、

やがて水の流れる音が聞こえてきた。

道々のところどころには、ぽっかりと光が差し込んでいた。

その先にあらわれた川は、さほど大きくはないのだが

川底の石がくっきりと見えるほど澄んでいた。

周りを見ると泉も湧き出て、遠くには沼らしきものも見える。

 

11

 

シャッパンと、川から飛び跳ねたのは、

自分と同じくらいの大きな魚のようだった。

気のせいか「こんにちは、僕はコイ次郎!」

と聞こえたような気がした。

しずくは、その先にある小さな滝の後ろに入って行った。

急いでついて行こうとすると、何百匹もの沢がに達が、

泡をぶくぶくとはきながら道をふさいだ。

何やらぶつぶつと話し合っているようだったが、

その内の1匹の大きな沢がにが前に出たとたん、

一斉に道をあけて滝の後ろへ通してくれた。

洞窟の中は、中央の通路をはさみ左右にいくつもの扉があったが、

通路の奥から明かりが見えたので、そこへ入って行った。

そこには扉はなく、まん中にある囲炉裏から、暖かな光がもれていた。

 

12

 

「やあ、来たね」

と、私がついて来る事を知っていたようにこちらを見ていた。

「ごめんなさい。無断で後をつけて、家にまで勝手にはいってきちゃった。」

と謝る私にしずくは、「それじゃ、これでおあいこだね。」と、

にっこり笑ってくれた。

ここは十里ほどはなれた、山奥だそうでとても小学3年生が、

寝巻き姿で来られるところではなく、

しずくが通ってきた水の道をたどって来たからこそ、

来られたのだと教えられた。

 

「水の道」とは、かっぱ達が使う地下水脈の道で、

それはいたる所に存在している。

流れは一方通行ではなく、低い所から高い所へ逆流する事もあり

、軽いものだけではなく、どんなに重いものでも動かす力がある。

そんな自然の力に逆らわなければ、

水の道を通ってどこへでもわずかな時間で行き来できるのだそうだ。

 

もっと驚いた事は、流れの分岐となる関は、

泉や池や沼であったり、湖や川や滝であったりする。

その関にはさまざまな過去の記憶が交差し、

その深さは計り知れず奥底でつながり記憶が蓄積されているらしい。 

しずくの住むその滝も関のひとつであるため、過去をのぞく事が出来ると言う。

「なにか見てみたい?」と、しずくが言った。

私は迷うことなく、母に抱きかかえられてすごした日々を見たいと答え、

しずくが指さす滝つぼをのぞいてみた。

 

13

 

そこは学校の教室だった。

算数の授業中で、教室の後ろには大勢の母親達が並んでいた。

どの母親もわが子の姿を必死に追って、

見つけるやあたたかなまなざしを注いでいる。

昨日の授業参観日の様子だった。

 

グヮゴン ギュゴン グワワン グワン

なんと、その母親達の中に、なつかしい母の姿があったのだ。

私の姿を探しているのか、きょろきょろしているようだったが、

いない事がわかると寂しそうな顔をしながら、

すぅ~と見えなくなってしまった。

天国から私の授業参観に来てくれていたのだった・・・。

小学校に入学してから毎年来てくれていたのかと思うと、

涙が出て止まらなくなった。

そして、何故だか急に家が恋しくなった。

 

14

 

その事を察してか、しずくは私の寝巻きのポケットのあたりを指さした。

ポケットには、もらったどんぐりがあった。

それを滝つぼになげるしぐさをしたので、そのひとつを投げ入れてみた。

すると、どんどんと大きくなる波紋が周りを巻き込みながら

ぐるぐると回りだした。

その渦は次第に滝全体から景色や私までも巻き込んでいった。

 

グヮゴン ギュゴン グワワン グワン

ふと気がつくと、中心に向かって渦を巻きながら

回っている洗濯槽をながめていた。夢かと思ったが、

寝巻きのポケットのどんぐりは2つになっていた。

4年生からは、同じ時期に風邪で休む事はしなくなった。

授業参観では、後ろで母親が見てくれていると思うと、

先生の質問に対して元気良く手をあげている私がいた。

 

終わり