ものがたり:春夏秋冬編 第2作:夏の日の出来事
1
ざあざあとふる雨の中でも子かっぱ達はへいきで遊ぶ事ができるのですが、
森の動物達はそうはいかない。
だからいろいろな森の仲間と遊ぶ事ができる夏の暑い天気の良い日は、
子がっぱ達にとっては誰もが楽しい1日となります。
この日も暑い暑い日差しの日でした。
しずくは好奇心いっぱいの子がっぱ。
一緒に遊んでくれるならば、誰でも友達になってしまい、
森には仲間達がいっぱい。
子がっぱ達にとっては、そこかしこが遊び場になってしまいます。
高い崖から高い滝、高い木から広い野っぱら、深い沼から流れの急な川。
それぞれの動物達の得意な場所が、その日の遊び場となるのです。
2
今日は、げんごろう川となみだ川の交わる泉ヶ淵に奉られている「蔵っこさま」に
お供え物を届ける当番です。これはかっぱの国の子供達の日課で、
花やお供え物を絶やさぬようすべてに感謝する心を忘れません。
お供えするお花は、その時咲いている草花です。
今日は、赤紫色の花が目立つミツバツツジを
3本折らせてもらい、おにぎりと一緒にお供えしました。
お参りさえ終われば、子がっぱは遊ぼうが自由です。
今日は、泉ヶ淵に住むコイ次郎と一緒に、
さらに下流にある七釜の滝登りをしに出かけて行きました。
しずくはコイ次郎の背に乗せてもらうと、一気に七釜の滝を飛び越え、
下流の一釜の滝まで駆け下りて行きます。
ジャボ ダブ バッション ブシャン プー
泉ヶ淵より下流のげんごろう川は、ふた又に分かれます。
一方は、遠回りではあるがゆるやかな流れの川と、もう一方は崩れ落ちた崖が、
大小7つの滝をつくる急流です。
それぞれの滝の下には、深い堀が釜のようにある事から七釜の滝と呼ばれ、
コイ達にとってはこの全ての滝を登りきれば一人前。
コイ次郎は三釜の滝まで、兄のコイ太郎でさえ五釜の滝を登りきれていません。
ここ最近は、七釜の滝まで登りきったコイはいないそうですが、
コイ次郎のひいひいおじいちゃんは、
さらに上流にある昇竜ヶ滝を越え、龍になったと自慢しています。
3
黄緑色のやわらかくておいしそうな若葉が芽吹きだすこの季節は、
これから大勢の人間たちが憩いを求めてやって来ます。
この山や川の自然には、たくさんの動物達が楽しく暮らしていますが、
誰も自分達だけのものと思ってもいませんので、
人間達がやってきてもいやな顔ひとつする事はありません。
でも、かっぱの国では子がっぱ達に「人間には見つからないように」と、
いつも言い聞かせていました。
あたたかい今日、早くも一釜の滝の河原に、人間の家族が遊びにやってきました。
人間のお父さんと男の子は、たきぎを集めて火をおこし、
お母さんと女の子は何やら大きな鍋を煮込んでいます。
ひろい河原には、そのおいしそうな匂いが漂い、青く広い空の上からは
トンビが、クルリ スルリ とごちそうをすきあらば狙っています。
お母さんと女の子は、暑い日差しを避けて日陰で読書を。
お父さんと男の子は、川で釣りをはじめました。
かわせみが水面スレスレに飛びながら、川の魚達に「気をつけろ!」と伝えています。
そのお陰か一匹の魚も釣れないまま、今度は川遊びを始めました。
とうぜん男の子は丸裸で大はしゃぎ。川底の魚達はなれたもので、
お互いバラバラに逃げても、ぶつかりあう事などありません。
4
今日もコイたちが、七釜の滝を登りきろうと遊んでいます。
三釜の滝にいるコイ達が、四釜の滝を登りきったコイ達をうらやましそうに眺めていると、
四釜の滝の上から「頑張れ」と声をかけてくれます。
なんども四釜の滝に挑んだコイ次郎でしたが、 滝の中腹にある出っぱった岩が邪魔で、
今日も昇りきることができませんでした。
そろそろお腹がすいてきたしずく達は、
お供え物のおにぎりを食べに泉ヶ淵へもどる事にしました。
帰りはいったん一釜の滝まで下り、遠回りでもゆるやかな川を泳いで帰ります。
一釜の滝の河原から、にぎやかな声が聞こえてきました。
遠くの岩場の影からそっとのぞいてみると、
人間の家族が河原で昼食をとっていますが、男の子はまだ川で遊んでいます。
「早く川から上がって食事をしなさい」とお父さんに呼ばれていますが、
そんな事よりも逃げ回る魚達が面白くて、夢中で川の中を走り回っています。
5
コイ次郎と一緒に、そっと川底へもぐって、その楽しそうな様子を眺めていました。
男の子が遊んでいたところは、深い場所ではなかったのですが、
この時期、岩には魚達のえさとなるコケが多くはえ、
雪解けの水が滝から勢い良く流れていたため、男の子は足を滑らせ、
子供では足がとどかない深い場所まで流され、足をバタバタさせています。
男の子のさけび声に、お父さんよりも早く、コイ次郎が男の子のもとへ泳ぎよりましたが、
いくら大きなコイでも、人間の子供を背に乗せて助ける力はありません。
ブワッシャ ジャバ ブックン ブククッン
しずくは、バタつかせていた男の子の足の下にもぐりこみ、
自分のお皿のある頭を踏み台にしてひと蹴りさせましたが、川底に足はとどきません。
次はコイ次郎がその子の下まで泳いで行き、背びれでもうひと蹴りさせてみました。
かっぱにとって頭のお皿はとても大事なのですが、
しずくはかまわずそのお皿でもうひと蹴りさせてみました。
あわてて川に飛び込んできたお父さんは、
その最後のひと蹴りのおかげで手前に浮き上がってきた子供の手をつかむ事が出来ました。
くちばし迄は水面に残したまま、川の中から様子をのぞいてみると、
男の子はお父さんとお母さんに抱きかかえられていました。
ホッとした瞬間、ドキッとしてすぐに川底深くもぐり、
コイ次郎と一緒にげんごろう川を泉ヶ淵に向かって、一気に泳いで戻りました。
6
蔵っこさまにお供えしたおさがりのおにぎりをほおばりながら、
おぼれそうになった人間の子供を助けた話しましたが、蔵っこさまは 何もしゃべらず
ただ黙って話を聞くばかりでした。
どんぐり山の洞窟にある温泉は、森の動物達の憩いの場。
冬でもあたたかなお湯が、こんこんと湧き出て疲れた体をいやしてくれます。
遠くからはるばるやってくる動物達もいます。沢がにの団体が、
赤くゆで上がる前に入ってはすぐにあがっていきます。
冬眠からさめたばかりのくまの親子は、目をさますどころか
気持良さそうに、まだウトウトとしています。
お父さんかっぱと温泉にゆっくりつかった後は、
お母さんかっぱの作るごちそうがならぶ食卓につきます。
南瓜のお味噌汁と、ハナビラ茸の天ぷら、
かっぱの好物のきゅうりとなすのごま和えは、
しらかばの木からとれる蜜が隠し味です。
しずくは、お腹いっぱい食べて、
更に秋の間に集めておいたふかふかの落ち葉の布団にもぐりこむと
目は半ば閉じかけています。
それでもお父さんかっぱに今日の出来事を話しました。
言いつけを守らず人間の近くへ行ってしまった事、
おぼれそうな子供を助けた事、そのお父さんと目があったかもしれない事を。
でも、お父さんかっぱは怒らずに「良い事をしたね」とお皿をなでてくれました。
それがなんとも心地よく、
しずくはあたたかい寝床でぐっすりと眠りに入っていました。
7
「危険! この川には、かっぱが出ます」
あくる日、この河原に看板がたてられました。
あれから男の子の家族はいそいで村にもどり、
自分の子供がかっぱに川へひきずりこまれそうになったと話したのでした。
そう、あの時お父さんはやっぱり子がっぱを見ていたのです。
良い事をしたと、ほめられたしずくは上きげん。人間の子がおぼれないようにと、
次の日もコイ次郎と出かけて行きました。
(と言うよりも、人間の子と遊んでみたいのが本音みたいです。)
今日も良い天気でしたが、なぜか河原には、にぎやかな声も人影もありませんでした。
まわりに誰もいない事を確認して河原にあがってみると、
その先にたてかけられた大きな看板を見つけました。
なんとそこにはおそろしい顔のかっぱが、川から人間の足を引っぱっていたのです。
川の中からのコイ次郎からも見えるくらいの大きな看板です。
しずくもコイ次郎も字は読めませんでしたが、
その看板の絵を見れば良くない事が書かれている事くらいわかります。
お父さんかっぱからほめられていた分、そのショックは大きく、
川の流れに体をあずけて青空と雲を眺めながら、
甲羅でプカプカと仰向けになりながら浮いています。
チョポ プス チャパン ポッション グー
そのまわりをコイ次郎が心配そうに、クルクルと泳ぎまわって、
自分で泳ぐ気力のないしずくを
やっとのおもいで泉ヶ淵まで連れてきました。
8
「これ これ」 今日もお供え物を届けに行った蔵っこさまが、
しょんぼりしている二人に声をかけてくれました。
お供えしたきゅうりをいただきながら、コイ次郎は河原の看板の事を話しました。
蔵っこさまは、昨日人間の子供を助けた話を聞いていたので、
遅かれ早かれ話すべき事とゆっくり話し始めました。
「昔からかっぱ達は、無用心に川で遊んでおぼれそうになった人間を助けていただけで、
一度も人間を川へ引きずりこもうとしたかっぱなどいないんだよ。」
でも、いくら泳ぎの達者なかっぱでも、
おぼれている全ての人達を助ける事など出来るわけがありません。
でも、そういう時に限って、
かっぱが川へ引きずりこんだのではないかとうわさされていたと、
勘違いされ続けてきたかっぱ達の話をしました。
「良いと思ってしたことが、全て相手に良いととらわれる事もない。
まして疑われたり、勘違いされる事の方が多いくらいだ。
だからと言って、おぼれている人間を助けるなと言う訳ではないんだよ。」
子がっぱのしずく達には、ちょとむずかしい話かもしれないと思いながらも、
子供扱いをせずに話をしました。
9
今だ元気のないしずくを、やっとのおもいでかっぱの国の家まで送り届けたコイ次郎は、
お母さんかっぱに河原で見た立て看板の話と蔵っこさまの話をしました。
日本ミツバチからもらった貴重な山桜の蜜と、
去年の秋に収穫した山栗でつくったあま~いお団子を、
お母さんかっぱから3つもらうと、
コイ次郎はいっぺんに口の中に入れて尾びれでパシッと水をはたき
「どうもありがとう」と泉ヶ淵へ帰っていきました。
この話を聞いたお母さんかっぱは、まだ元気のないしずくをだっこしながら、
お父さんかっぱは頭のお皿を優しくさすりながら話し出しました。
「蔵っこさまが言われたとおりだけど、我々かっぱはどんなに疑われようと、
人間に抗議はしなかったんだよ。」
それは、勘違いをしていた事を理解してもらえたとしても、
今度は助けられなかった時に対する我々かっぱへの非難が、
わき起こるだけだと知っていたからです。
ならば、そのまま疑われたままで良いのではないだろうか。
それで、危ない川で遊んでおぼれる人間が少なくなれば良いと、
昔から思ってきたんだと。
そして、今でもたまに、流れが急な危ない川に顔を出しては、
わざと人間に見つかるようにしているのだと話しました。
「その度にかっぱの国は、山奥へ山奥へと移り住む事になるんだけどね」と、
お母さんかっぱはちょっと困った顔をして笑っています。
かっぱの国では、子がっぱ達にそんな気持をさせたくなくて
「人間には見つからないように」といつも話していたのです。
これから毎日伸びてくる暖かな日差しは、子がっぱや森の動物達だけでなく、
誰もが楽しみにしている季節です。親としては日が暮れるまで、
くたくたになるまで遊んで、ゆっくりと大きく成長してくれる事を願っていたのでした。
しずくは、お父さんかっぱの話をどこまで聞いて、
どこまで理解できたのかわからないけれど、お母さんかっぱにゆらゆらとだっこされながら、
気持良さそうにスヤスヤと眠っていました。
人間の子供と一緒に遊んでいる夢をみながら。
終わり