サイドストーリー:第10作:ひとりじゃないよ (短編)
1
どこまでも続く青い空、
眩いばかりに降り注ぐ陽の光を受ける山の中腹に広がる草原。
そこは見渡す限り、山・山・山...。
聞こえてくるのは、鳥のさえずりと沢のせせらぎ、
風にそよぐ木々の葉音だけ。
たまに鹿の鳴き声が聞こえてきたりするけれど...
そんな時は、山や森に住む動物たちと友達になれたような気がして、
なんだかとても嬉しくなる。
思わず手足を思い切り伸ばして、深呼吸。絶景が広がるこの場所は
かっちゃんのお気に入りの場所。
ここで過ごす時間がかっちゃんを元気にしてくれて、
優しさを取り戻させてくれるのだ。
ここを訪れるたび、思い出されるのは...あの早春の出来事。。。
その日、かっちゃんは認知症を患い、
笑うことが日毎に少なくなってしまった
お父さんに笑顔が戻りますように…そして、
お父さんが過ごしてきた沢山の
思い出がお父さんの記憶から消えたりしませんように…
とお願いをしようと、しずく山の守り神である
魚を抱くお地蔵さまに会いに行ったのです。
2
しずく山の登り口は人を拒んでいるようかのよう・・
草木が今にも襲い掛かってきそうな勢いで生い茂っています。
陽の光は全く届かず山道は細く暗く、
尖った小石と木々の根っこといたるところ苔だらけ。
容赦なく続くガタボコ道に心が折れそうになります。
とうとう木の根っこに足を取られ、大転倒。
汚れた手を洗おうと、水音のほうへ近づいて行くと、
川原で5匹の子がっぱ達を見つけました。
5がっぱ達もかっちゃんに気がつき、
人懐っこく「一人できたの?何しに来たの?」
と問いかけてきました。
しずく山のお地蔵さまにお父さんのことをお願いに来たことを話すと、
あれっ?さっきも魚を抱くこの山の守り神のお地蔵さまに会いにきた
という大きなリュックを担いだ人がここで顔を洗って行ったよy
と教えてくれました。
かっちゃんは、その人が誰なのか直ぐにわかりました。
魚を抱くお地蔵さまの事を教えてもらったのは、
かっちゃんとお父さんをいつも助けてくれる大事な友達、
フクちゃんだからです。
この週末に教えてもらったお地蔵さまに
お願いに行くとも話をしていました。
きっと、どこからか「あれっ?奇遇だね・・気が合うねぇ」
なんて言いながら姿を現しそうな気がしました。
かっちゃんを心配して、だけど、かっちゃんが負担にならぬように
何気なく装って、かっちゃんが元気になる待ち伏せを企んでいるのでは?
と思いました。
そんなフクちゃんの温かさがとても嬉しく思えて、
転んだ手足の痛さは吹っ飛んでしまいました。
3
沢で手を洗い、颯爽と歩き出すと、
5がっぱ達がゾロゾロ着いてきます。
「どうしたの」と聞くと、
「台風で父さんや母さんとはぐれちゃったから、
僕たちもお地蔵さまのとこへ行こうとしていたんだ」と。
険しい山道を5がっぱ達と汗だくで登っていくと
大きなカーブを過ぎた先に
明るい陽射しが射し込む渓谷のつり橋がありました。
そのつり橋は細く、少しの風にもゆらゆらと大きく揺らぎます。
5がっぱ達は背が小さく、つり橋のロープに手が届きません。
かっちゃんは5がっぱ達を自分のリュックに背負いこみました。
小さいと言えども5匹も背負ったのですから、さすがに重く、
つり橋はかっちゃんが一歩進むたびにギシギシと音をたてて、
橋板がグッとめり込みます。
風が吹いて橋が揺れるたび、5がっぱ達はジェットコースターに
乗ってるつもりで大はしゃぎですが、
かっちゃんの手はロープですり傷だらけ・・・
でも、ひとりじぁないから頑張れるのです。
つり橋を渡り切ると最後の登り道は舗装された道になっていました。
随分前に、舗装した感じです。そのアスファルトに残る雪面に
「かっちゃん、頑張れ」と雪文字が書かれていました。
やっぱり、フクちゃんだ!
ロープですり切れた手のひらもへっちゃらです。
ひとりじゃない・・・から
5がっぱ達と最後の難関、真っ暗で古くて崩れそうな
長いトンネルも皆で手をつないで歌いながら歩いたら、
全然怖くなかったのです。
トンネルの出口のめ、そこには、両手を大きく振るフクちゃんが
笑って立っています。
そのフクちゃんの後ろには魚を抱くお地蔵さまも笑っていました。
きっと、皆の願いが届いたはず・・・。
おわり