ものがたり:春夏秋冬編 第3作:秋祭りの日の出来事
1
ここ小さな国にも吹く風さわやかな秋がやってきました。
栗や柿やりんごに銀杏。いろいろな木々には鈴なりの実がなり、
土の中では、金時色のサツマイモが大きく育っています。
収穫の秋が訪れたのです。
小さな国の住人達は収穫で大忙し。
鳥達は果物、リス達やねずみ達は木の実、モグラ達はサツマイモ。
とうさんかっぱもかあさんかっぱも立派に実った稲刈りの毎日。
少しづつ近づいてくる冬の為に食料庫に皆で協力をして
この秋の収穫物を集めなくてはなりません。
今年は、お日様がとても元気よく山や森や川や湖を照らしてくれたし、
雲神様が真夏の暑い日々の合間に盛大に水の恩恵をさずけてくださったので、
小さな国は、今年も大豊作。
食料庫に入りきらないほどにたくさんのツヤツヤ・ぴっかぴかの食料が集まりそうです.
食料庫には、小さな国の住人達がこの冬を乗り越える為の食料や、
森の住人達にも食料を分けてあげれるくらいのたくさんの材料が集まります。
来年の農作物の種や草花の種や、木々の苗まで蓄えます。
2
そこにはいくつもの扉があります。
かっぱ達は大きな扉、
リスやネズミ達は小さな扉。
鳥達は高い位置に扉があり、各々の扉から食料を運び込みます。
この収穫期の忙しさが落ち着いた頃、小さな国では収穫への感謝と、
子供たちの成長に感謝して秋祭りがおこなわれます。
空高く晴れ渡った1日を選んで・・・。
秋祭りでは、昨年取れた山ぶどうから作ったワインの解禁日でもあり、
お酒好きのかっぱ達だけではなく、遠くはるばるいくつもの山を越えて森の仲間達が集まります。
取れたてのサツマイモのふっくらアツアツの饅頭、鳥達からの卵(夢精卵)と、
みつばちからの貴重なハチミツをいっぱい使ったくるみ入りのカステラも大好評。
かっぱ達の作る日本酒は各家族に伝わる秘伝で、
毎年一番おいしいお酒はどこのものかと品評会を行ったり、
かっぱの長老達の秘伝の妙薬発表など、1年で一番にぎわう日です。忘れてはいけないのが、
この1年の豊作や皆が無事に1年を過ごせた事のお礼参りです。
これは毎年重要な子供達の役目です。
3
いよいよ、秋祭り当日がやって来ました。
今年のお礼参りの役目はしずくやみーちゃん達も選ばれました。
子供達はそれぞれの手に甘酒、反対側の手には饅頭やカステラを持ち、
何組かに分かれ山のあちらこちらにお供え物を届けるのです。
七釜の滝下にある雲神様の祠にお礼参りする子供達や、
お天道様をお祀りしている沢がにの岩殿にお供え物を持参する者。
しずくはリスのゴン太と野ねずみのモモ太と共に
カッコウ山の森の主の所に、みーちゃんはしづくと麻呂君で、
仙人岳の白髭様の所へ行く当番になりました。
白髭様は、川の神様でもありかっぱ達とは切っても切れない存在でもあります。
白い和服に烏帽子をかぶり、手には尺を持っています。
顔の半分以上が白い髭で長さは身長より長く地面に引きずっています。
3人は川の洞窟にすむ白髭様のお家まで、
コイのコイ次郎と一緒に道案内も兼ねて一緒に行く事にしました。
南アルプス山脈の雪解け水が流れるゲンゴロウ川のほとりまでおりてゆくと、
コイ次郎が顔を、出し口をパクパクさせてみーちゃん達を見て喜んでいます。
実はここ数日、みーちゃんは秋祭りの準備と飾り付けに一生懸命で、
川に遊びに行く事ができなかったのでした。
コイ次郎はしばらくみーちゃん達の顔を見ていなかったので寂しかったのです。
みーちゃんがコイ次郎に「ごめんね」と謝り、
仙人岳の白髭様のお家にはどのように行けばよいのかと聞くと、
コイ次郎は自分について来てと川を遡り始めました。
みーちゃんとしづくは麻呂君の背にまたがり、川岸からコイ次郎を見失わないようについてゆきます。
少しさかのぼると、本流に流れ込む別の細い支流をさらにぐんぐん上っていくと、
大きなもみじの枝がかぶっている洞窟の入り口に着きました。
そこが白髭様のお家のようです。
みーちやんたちはコイ次郎にありがとうとお礼を言うと、
コイ次郎は向きを変え尾びれでパシッと水ではたき
「どういたしまして」と下流に戻っていきました。
4
3人が洞窟に入ろうと「こんにちは」と声をかけてみると、
大サンショウウオの門番が、のそりのそりと出てきました。
開いているかわからないほどの小さな目でこちらを見て、
ニコリと笑って案内してくれました。ほっとして中に入って行くと、
中にモズク蟹達がコケをつけたハサミを振りながら心配そうに
あっちへこっちへと横歩きしています。その奥に仙人様は布団の上に横になっていました。
身体の具合が良くないようです。
ゲンゴロウ川の上流のカッコウ山のてっぺんのあたりにゴルフ場開発計画があり、
山の一部が切り崩されて整地工事が行われていたのです。
土砂で清流は濁り、芝生を植える為の雑草を駆除する薬が散布され、
ゲンゴロウ川に流れこんできたのです。
村にその廃液が流れてこない様に白髭様が水清めをしていたのです。
なんとその水を全て飲みほし、弱々しい目から涙として浄化した水を川に流していたのです。
その為、体調を崩していました。
この事によって、被害は村には及ばずに済んでいたのでした。
みーちゃんたちは、胸が痛みました。自分たちの知らないところで、
自分たちを見守ってくれていた人がいたことを今、
身近で感じたのです。
5
ちょうど今日は、おじいちゃんやおばあちゃんたちが秘伝の妙薬を次の世代に伝授
することになっている日です。
みーちゃんたちは、村へ帰り白髭様を治す薬を作ってくれるように頼もうと、
もう1度出直してくることを約束して帰り道を急ぎました。
洞窟を出たところで、麻呂君がヒヒーンといきなり大きないななきをしました。
すると、麻呂君の頭に遊び仲間のツバメのカン太がやってきました。
麻呂君は、このツバメのカン太に先に村に帰って白髭様の様子を知らせてもらい、
みーちゃんたちが帰るまでに薬をつくってもらおうとしたのです。
カン太は、これを聞くとすぐに承知してくれて村を目指し、一目散に飛んで行きました。
一方のしずくはリスのゴン太と野ねずみのモモ太は、村の東側にあたる山道を登っていました。
カッコウ山の山頂に樹齢800年という見事なブナの巨木があるのですが、
これが遠くから見ると山の稜線からポコンと
そのブナの木が1本飛び出して見えるほどのたくましさなのです。
このブナこそ森と山に生きる全ての生き物に優しい眼差しを送り、
見守っている「おやじ」でした。
このおやじに会うため、秋の暖かな日差しに木々の紅葉が始まりかけている山道を
3人は意気揚々と歩き続けていました。
なだらかなくねくね道を登りきると、木と木の間をぬって光が差し込んで
まばゆい光景の平地が目の前に広がるはずでした。
しかし、3人がこの光の陰影の中に見たのは大きな沼地で、
その沼の真ん中におやじは仲間の木々から枝と枝をからませられて助けられているように見えます。
首をうなだれて、ひっそりと悲しみをこらえているといった様子です。
6
おやじの住むカッコウ山と、ゲンゴロウ川を挟んだ向かい側にあるキジ山の斜面が、
これもゴルフ場開発計画の為に削り取られていたのです。
いつも向かい合いながらお互いを励ましあっていた、小さな国の皆が「おふくろ」と呼んで
親しんでいた樹齢4百年ほどのブナの木を失ってしまったのです。
おやじはあまりに大きな悲しみでその水瓶といわれる巨木からポロポロと涙をこぼし、
おやじの回りは沼地に変貌していたのです。
その沼地にはゲンゴロウ川からいつしか沼えびが住みつき、
1,000匹、10,000匹、100,000匹と今では数え切れないほど増えていました。
しずく達は耳を澄ませました。
なんと、その沼から小さいけれど歌声が聞こえてきます。
川から沼へやってきた♪
川から沼へお引越し♪
やっとこ やっとこ♪
えさ場を探してやってきた♪
みんなで、あっちにお引越し♪
やっとこ やっとこ♪
ところがここは悲しみの♪
波紋がゆれて伝わらん♪
ブナの木 沼の木 我らの木♪
みんなで楽しく住みやすく♪
やっとこ やっとこ♪ 声かけて♪
やっとこ やっとこ♪ 励まそう♪
小さな声はこの沼えび達がおやじを元気つける為に応援してくれていた歌声でした。
このままでは、水を蓄える事をあきらめたおやじは沼地に倒れてしまいます。
おやじに手をかしているまわりのブナも、
この沼えび達とともに必死であやうい地盤に根をおとして歯をくいしばっていたのです。
おやじの回りの木々からのささやきと、
沼えび達からしずくたちは今始めてその事実を聞かされました。
しずくは沼に足をとられながらもおやじの側へ走り寄り、
ゴン太ともも太もしずくの方上で「がんばれ! がんばれ!」と
沼えび達と一緒に繰り返しました。
でも、どうしたらおやじを元気付けられるのだろうか?
どうしたら、おやじ達を助けることができるでしょうか?
3人はまず、この事態を小さな国のみんなに知らせなくてはと帰り道をいそぎました。
帰りの道すがら、絶対に森のみんなが、そしておやじが元気になる方法があるはずだと考えました。
今すぐ結果を出すことはできないけれど、、、。
7
3人の意見は一致、さてその方法とは?
さっそくリスのゴン太とネズミのモモ太は
それぞれの仲間のもとに走り出しました。
しずくも、いそいで小さな国のみんなにおやじの様子と
この作戦を話そうと秋祭りの会場に戻ってくると、
心配そうな表情でみーちゃんが膝を抱えて座っています。
いち早くツバメのカン太からの知らせを受けた長老達は
妙薬の伝授は中止し、代々伝わる妙薬の中から、
身体の毒素を浄化させる妙薬を作っていました。
その、あわただしい様子に緊張感を感じたしずくは、
その訳をみーちゃんに聞いて、山のおやじのところだけでなく、
げんごろう川を守る白髭様のところにもそんな大事件が起こっていた
ことに驚きました。
これまで、しずくはおじいさんやお父さんやお母さんの話の中で、
安心して住めるところを求めて
どんどん山奥へ移り住んできた事を聞いていましたが、
回りの人々に守られ何の心配も不安もなく過ごしてきたのです。
「環境破壊」などという事を身をもって知らされました。
しばらくすると、身体を浄化する妙薬が完成し、長老達は大喜び。
みーちゃんは麻呂君にまたがりいそいでその妙薬をもって
白髭様のところへ飛んでいきました。
8
しずくもおやじの様子を秋祭りに集まっている森の仲間達に伝え、
3人で話し合った作戦を伝えました。
その方法とは、削り取られた向かいの山の斜面に森の仲間を増やす事!
木々の苗や草花の種を植えて根をはらせ回りを花でおおいつくし、
この森を、山を再生しようというものでした。
それには膨大な労力と時間が必要です。
しかし、祭りでにぎわっていた森の住人達は一斉にちらばり
各々の仲間達に連絡を取り合いました。
これには冬に暖かい場所に移動する前のツバメ達が働いてくれました。
リスのゴン太は、仲間に一匹100粒ずつの種を口にほおばり、
削られた斜面の1番裾野の平地部分にひまわりやれんげ草の
種を植える様頼みました。
モモ太は、モグラ仲間に種を植えやすく耕してもらうように声をかけて、
しずくもみつばち達に受粉の手伝いをお願いし、かっぱ達は食料庫から
ブナや杉や檜の苗を○○○山の削り取られた斜面に苗を植えようと
リヤカーに積み込みました。
あっという間に、山鳩やきつつき達、たぬきの組合、きつねの連合会、
うさぎ村からもそれぞれに木々の苗を持ち寄り集まりました。
一転、秋祭りの会場が○○○山に移されたがごとく
ワイワイ楽しくにぎやかになりました。
おふくろは戻ってこないけれど、おやじにもう一度青空をあおいで
前を向いてほしいとみんなが思ったのです。
何年か先にはきっと二つの山は又、笑い声が絶えることのない場所に
なっているに違いないと・・・。
9
陽が暮れかかろうとしている中、それぞれが探してきた苗の植え込みを終え、
あちらこちらからバンザイ!と大喜びの声が響き渡りました。
おやじの沼からは何万匹もの沼えび達が、
組み重なってこちら側まで続く橋をつくりました。
青白い沼えび達がその姿を赤く染め、橋となって山と山を結び、
苗に水をまく手伝いをしています。
この皆の熱い思いがきっとすぐにでも、おやじを元気にしてくれるとしずくもゴン太も、もも太も一緒にバンザイを向かいの山のおやじ達に聞こえるように叫びました。
その頃、みーちゃんも無事に妙薬を白髭様に届けていました。
さて、妙薬は成功なのでしょうか?
コイ次郎たちが水面で妙薬を飲み干した白髭様の様子を
心配そうに見つめています。
しばらくすると、白髭様の頬には赤みがさし、身体が温かくなってきました。
もう、大丈夫です。白髭様はしっかりと立ち上がりました。
みーちゃんがコイ次郎たちに、おじいちゃんたちがつくった妙薬は
間違いなしなんだと大威張してみせると、
モズク蟹達やサンショウウオの門番や川のみんなも
岩の合間から顔を覗かせ大喜びで、川はあっちでもこっちでも
飛んだり跳ねたりと水しぶきがあがっています。
10
ツバメのカン太が秋祭りの場所が○○○山のに移ったと聞いて
麻呂君に飛び乗り急いで向かいました。
そこは、秋祭りのおいしい食べ物やあたたかい飲み物、
お酒等が移されていました。
水まきが終わった沼えび達はもとの青色に戻ったのですが、
お酒を飲んで又赤くなってヘロヘロに跳ね回っています。
へとへとになっているはずの森の仲間達も、みんな充実感で満足顔。
暗くなっても明かりをつけて夜通し歌い踊り続けられ、
向かいの山のおやじ達もそんな光景をみて
ちょっと微笑んだかのように見えました。
削り取られた斜面に植えられた小さな木々の苗や草花の種をまいた事で、
なんとか持ちこたえるでしょう。
lさらにゴルフ場の開発計画をあきらめさせなければならない
とても重要な事が残っています。
でも、今日のところは踊り飲み明かしましょう。
そんなゆったりした国が小さな国なのです。
おわり