サイドストーリー:第6作:天の川のホィッシュ (天の川とミツバチの続編)
1
幼稚園年少組のわかしんは、
いつも誰かの後ろにかくれているような、
はずかしがりやの女の子です。
そんなわかしんが大好きなこと。
それは夜空を見上げて、
美しく光りかがやくお星さまをながめながら過ごす、
お母さんとの時間です。
動いていないようで、少しずつ、少しずつ動いている
お星さまはまるで、お友達と「だるまさんがころんだ」を
して遊んでいるようです。
暑い季節も、寒い季節も見えるお星さまは、
西から東へと、移動していることも知っています。
星座のことも、お母さんから教えてもらいました。
2
ある日、幼稚園の先生が笹竹をもってきました。
「今度の日曜日は、七夕の日です。
これからくばる短冊に、みなさんのお願いごとを
書いて飾りますので、明日までに考えてきましょう。」
と、色とりどりのおりがみを配ってくれました。
七夕は、年に一度の幼稚園のイベントのひとつです。
その日の夜も、いつものように用意したハチミツたっぷりの
あたたかい牛乳を飲みながら、お母さんといっしょに
天の川を見上げておしゃべりをしました。
その夜、わかしんはふしぎな夢を見ました。
3
夏の夜空を、頭の上から南の空にかけてよこぎる川が見えます。
「天の川」のようですが、よく見てみると、
その川にはハチミツがながれていました。
まわりには、たくさんの星座が並び、
とてもにぎやかにおしゃべりをしています。
川にながれるハチミツは、世界中の花に流れ、そそがれてゆきます。
もちろん、夏ばかりでなく、冬でもながれていますが、
寒ければ寒いほどほどハチミツの流れは、細く少なくなり、
川幅は狭く、流れる量も減ってしまうのです。
けれど、夏の夜空に流れるハチミツはこのうえもなく甘く、
大きな川の流れをつくっていました。
そのハチミツの川には、いっぴきの魚が住んでいました。
名前は、ホイッシュ。
うろこが金色、目も金色、そしてしっぽも金色。
そう、すべてが金色の魚で、
まるで縁日で買ってもらったべっこう飴のようです。
だから、誰もホイッシュには気づきませんし、
ひとり寂しく暮らしていました。
4
今年の夏は、なぜかこれまでにないほど
ハチミツの流れが少なく、川幅は冬よりも狭く、
川底もとても浅くなっていました。
ホイッシュは体を横にしてなんとか
ハチミツにつかっている状態です。
いつもは、川底深くもぐって泳いでいるホイッシュですが、
苦しさのあまり、とうとう飛び跳ねて、
ハチミツの流れから夜空へと、飛び出してしまいました。
ピョッシャン、パッショーン
ホイッシュがとつぜん、飛び出したので、夏の星座たちは大騒ぎ。
夜空にきちんと並ぶ、こと座やはくちょう座、
わし座といった星座達が、めいわく顔をしています。
その星座達に「ごめんなさい。」とあやまると、
夜空の裏側まで泳いで行きました。
ホイッシュは、天の川の中からうらやましく見ていた、
いつも仲良しの2匹の魚達に、会いに行ったのでした。
5
いつも、秋から冬に見かける2匹の魚達は、うお座でした。
近くのみずがめ座の下には、彼らのお母さんが飛びはね、
おおきなくじら座は、お父さんかもしれません。
2匹のうお座が言いました。
「あの金色のハチミツの川に、ぼくらの仲間がいたなんて、
まったく気がつかなかったよ。その体の色では、わからないよね。」
いつも一人ぼっち、話し相手のいなかったホイッシュは、
彼らと楽しいおしゃべりの時間をすごしました。
星座達のさわぎを聞きつけた夜空のかみさまは、
ハチミツの川から飛び出したホイッシュのことを聞きました。
夜空のかみさまは、困った顔をしています。
なぜなら、彼がハチミツの川で泳いでいないと、ハチミツがかたまって流れが悪くなるからです。
ホイッシュは、ふたたびひとりぼっちの川には戻りたくなくて、
あっちの星座、こっちの星座と、泳ぎまわっています。
夜空のかみさまは、川のハチミツが少なくなって、
苦しい思いをさせたことを知り、世界中のミツバチたちに
天の川にハチミツを運び、川の流れを増やすよう命令しました。
そして、逃げ回るホイッシュを簡単に見つけ出し、
つまんで天の川に戻したのです。
夢はそこで終わってしまいました。
6
次の日、わかしんは、幼稚園のお友達に、
昨日の夢のお話をしました。
そのお話は、クラスの男の子にも、となりのクラスにも、
年中組のみんなにも伝わって行きました。
そして、幼稚園中のみんなは、ひとりぼっちのホイッシュに
家族やお友達をつくってあげたいと思ったのです。
わかしんは勇気を出して、先生に言いました。
「天の川にいる、ひとりぼっちのお魚さんのために、
お魚をいっぱい泳がせたいの」と。
幼稚園では、ずっと短冊にお願いごとを書いて、
七夕を迎えていたのですが、いつもはおとなしく
はずかしがりやのわかしんの提案を、
先生達は、喜んで受け入れてくれました。
7
園児達の、心の中にある気持ちが、その手を伝って、
短冊に思い思いの魚を描いたのでした。
茶色の短冊には、おおきな魚のお父さん。
赤い短冊にはエプロンをしているお母さん魚。
銀色の魚は弟で、ピンク色の魚は、
頭にリボンをつけた妹だそうです。
カラフルな短冊には、色々なお友達。
小さなめだかや、大きなサメもいましたが、
みんな楽しそうに笑っています。
わかしんの想いが、園児達みんなの願いへと広がって、
ひとりでは書ききれないたくさんのお魚を
描くことができたのでした。
幼稚園の中庭に飾られた笹竹には、色々な魚の短冊が飾られ、
風にふかれ、まるで水族館のようです。
8
みんなが寝静まったその夜
夜空から金色の粉が、キラキラと舞い落ちてきました。
それは、夜空のかみさまからの仕事を終えた、
無数のミツバチ達でした。
そして、夜空のかみさまからの命令は、もうひとつありました。
かれらは笹竹のうえを、グルグルと八の字に飛びまわり、
足に残ったハチミツをふりまいてから、あちらこちらへと
帰って行きました。
七夕の夜、園児達みんなと、先生達までが、
天の川に流れるハチミツの中で、
短冊に描かれたたくさんの魚達が、
楽しそうに泳いでいる夢を見たのでした。
そして、あいかわらずみんなには見えない
ホイッシュは、「ありがとう」と、飛びはねて、
姿をあらわしました。
ピョッシャン、パッショーン
いきおいあまって、またハチミツの流れから
飛び出してしまいましたが、今度は自分から
にぎやかなハチミツの川に戻って行きました。
わかしん、園児のみんな、幼稚園の先生。
そしてミツバチさん達も、ありがとう。
なにより、夜空のかみさま、ありがとう。
おわり